本研究室の岡本敦教授、宇野正起助教、大学院生の吉田一貴、海洋研究開発機構の大柳良介日本学術振興会特別研究員(現、国士舘大学講師)、新潟大学理学部のマドスーダン サティシュクマール教授、鹿島建設株式会社の清水浩之博士は、沈み込み帯のマントル起源である蛇紋岩体(マントルが水を吸収した岩体)に炭酸塩脈が発達していることを発見し、産状の観察、化学分析と熱力学的解析を行いました(図1, 2)。その結果、この岩体は均質に蛇紋岩化したのちに、破壊が起こりながら複数の炭酸塩鉱物(二酸化炭素を結晶内に含む鉱物)が析出していることを見出しました(図3)。さらに、この蛇紋岩の炭酸塩化は、固体体積が収縮しながら脱水する反応で、間隙水圧の上昇が起こるために、き裂形成・物質移動・反応が自己促進的に進行することをつきとめました(図4)。この反応が起こる、沈み込み帯のマントルの最も浅い部分では、スロースリップなどの地震現象が起こっており、地球内部の炭素循環とプレート境界の流体化学と地震活動を結びつける新しい研究の解明が期待されます。
掲載雑誌:Communications Earth & Environment (2021) 2:15
図1. 露頭における樋口蛇紋岩体と炭酸塩脈(き裂を炭酸塩鉱物で充填されたもの)
の産状。(a) 蛇紋岩体のドローン写真。(b-d) 蛇紋岩を切って発達する炭酸塩脈のネ
ットワーク。(b) 脈の太い部分は主にドロマイト(CaMg(CO3)2)や方解石(CaCO3)から
できており、(c) ドロマイト+滑石脈で切られた蛇紋岩部分はマグネサイト(MgCO3)+
滑石の細い脈が含まれている。(d) 炭酸塩脈の構造は脈形成後に剪断変形を受けて
いることを示している。(e) 蛇紋岩体の境界部分では、堆積物起源の変成岩(泥質片
岩)が緑泥石岩に変化しており、蛇紋岩体からマグネシウムが放出されたことを示して
いる。
図2 樋口蛇紋岩体の炭酸塩脈の特徴。(a) 蛇紋石(アンチゴライト)のブロックを切る
マグネサイト+滑石脈。蛇紋石ブロックの非対称の組織から剪断変形を受けていること
がわかる。(b) ドロマイト+滑石脈。蛇紋石と二酸化炭素が反応する炭酸塩化反応で
は、シリカが放出されるために、シリカに富む層状ケイ酸塩鉱物である滑石ができる。
滑石は変形しやすいやわらかい鉱物であり、プレート境界の性質を大きく変化させる。
(c) 樋口蛇紋岩体の炭酸塩鉱物の炭素と酸素の安定同位体組成。三波川帯の中に
出てくる大理石(海洋底で形成した炭酸塩が沈み込んだもの)とは大きく異なってい
る。蛇紋岩中の炭酸塩脈の炭素同位体は、堆積物起源の変成岩に含まれる炭酸塩と
よく似ているが、酸素同位体はより高くなっており、堆積物中の炭素を起源とする二酸
化炭素と蛇紋岩から脱水した水が混合したことを示唆している。
図3 沈み込み帯のマントルでの炭酸塩化作用の模式図。沈み込むプレートとマント
ルウェッジの先端は蛇紋岩化していると考えられている。
ステージ 1 マントルウェッジは堆積物や地殻が沈み込むことによって放出される水を
吸収して蛇紋岩化作用が起こる。
ステージ 2 蛇紋岩化したマントルウェッジは CO2流体が流入すると脱水しながら、局
所的に炭酸塩化反応が進行する。この反応はき裂を作りながら自己促進的に進行す
る。マントルウェッジの一部は変成岩の中に取り込まれ、樋口蛇紋岩体のように変成帯
の一部として上昇する。
図4 マントルの炭酸塩化作用についてのモデル。(a-c) 岩石―流体平衡計算の結
果。泥質片岩に平衡な流体と蛇紋岩を異なる割合で反応させるモデルであり、岩体の
外側から内部に流体が流入することを模擬している。(a) 露頭で観察されるように炭酸
塩鉱物と滑石が系統的に析出する。(b) 炭酸塩化反応は、CO2 流体を吸収し、H2O
を放出する反応である。(c) 炭酸塩化反応は、固体の体積を減少させる。一方で、固
体と流体の総体積は増加するので、流体圧は上昇させることができる。(d) 離散要素
法を用いた模式的な炭酸塩化反応によるき裂形成と流体圧の変化。反応が進行する
につれて、固体収縮のために岩体内部にき裂ネットワークが発達する(上図)。一方
で、周囲から流体が逃げにくい場合、岩体内部での流体圧が上昇する(下図)。