●研究の全体像

毎年1兆モルにも達する炭素が、プレートの沈み込みにより地球内部に持ち込まれます。この大規模な炭素循環は、地球表層環境やプレート境界に大きな影響を与えると考えられます。中でも、固体地球の7割を占めるマントルはCO2をスポンジのように吸収できるため、地球温暖化の観点からも重要な岩石です。しかし、地表付近を除いて、マントルがどれほどCO2を固定(炭酸塩化)するのかはよくわかっていません。私たちは、地質調査により地下深部30kmにおいてもマントルが炭酸塩化している証拠を見出しています。この発見をもとに、表層(<5km)と深部(~20-50km)におけるCO2流体ー岩石の反応と、そのプレート境界への力学的影響を明らかにする本研究を構想しました。本研究では、沈み込み帯起源の炭酸塩化・蛇紋岩化したマントル岩体の地質調査、および表層近傍と深部条件でのマントル炭酸塩化の実験を行います。溶液化学を軸に、破壊や物質移動を伴うマントルへのCO2固定の本質的なメカニズムを明らかにするとともに、CO2反応とのカップリングによる断層挙動の変化を読み解き、物質循環とプレート境界地震をつなぐ現象モデルを提案したいと考えています。

図1 研究の全体像

●岩石へのCO2固定のパラドックス

マントルがCO2を固定する反応には、流体が持続的に供給されることが不可欠です。しかし、 CO2を吸収すると岩石の体積が膨張するため、流路が目詰まりしてCO2の供給が阻害されてしまうことが問題でした。私たちは、天然ではこれを2つの方法で解決しているという仮説をもっている。1つ目は体積膨張が応力不均質を生み出し、岩石を破壊して流路を形成するというもの(図2) 、2つ目はCO2以外の元素溶脱により体積収縮が起こり、新たな亀裂や空隙を形成するというものです。本課題では、天然、実験、モデリングの複数のアプローチで、このパラドックスの解明にチャレンジしていきます。

図2 アナログ物質(MgO)を用いた透水ー反応実験。体積膨張反応によって、流路が目詰まりする場合と、破壊によって浸透率が増大する場合がある。Uno, Okamoto et al., (2022) PNAS

●沈み込みプレート境界の岩石ー流体反応と断層プロセス

地震現象は主に断層の水圧や摩擦係数などの力学的要因によって説明されてきました。それに対して、本研究では、沈み込み帯のマントルー地殻境界で起こる、CO2を含む流体を介した特徴的な化学反応に注目し、反応生成物によって、プレート境界の断層すべりがゆっくりになる(スロー地震との関連性)という仮説を検証していきます。

研究内容

沈み込み帯のマントルの炭酸塩化の実態の解明

オマーン国で見られるように表層近傍のマントル岩体は著しく炭酸塩化することが知られているが、沈み込み帯の島弧下の深部マントルでの炭酸塩化の程度や普遍性は、ほとんどわかっていない。本研究では、数多くの沈み込み帯起源のマントル岩体が産する三波川帯を調査し、炭酸塩化の進行度や、地殻ーマントル境界での物質移動を評価するとともに、炭素と酸素の安定同位体に基づいてCO2流体の起源を調べる(図3)。

図3 三波川帯長瀞の蛇紋岩体中の炭酸塩脈
  • Ryosuke Oyanagi, Atsushi Okamoto, Madhusoodhan Satish-Kumar, Masayo Minami, Yumiko Harigane, Katsuyoshi Michibayashi, Hadal aragonite records venting of stagnant paleoseawater in the hydrated forearc mantle, 2021, Communications Earth & Environment 2, 243. リンク
  • Ryosuke Oyanagi, Atsushi Okamoto, Madhusoodhan Satish-Kumar, Masayo Minami, Yumiko Harigane, Katsuyoshi Michibayashi, Hadal aragonite records venting of stagnant paleoseawater in the hydrated forearc mantle, 2021, Communications Earth & Environment 2, 243. リンク
  • Takayoshi Nagaya, Atsushi Okamoto, Masanori Kido, Jun Muto, Simon R. Wallis, Dehydration of brucite + antigorite under mantle wedge conditions: insights from the direct comparison of microstructures before and after experiments, 2022, Contributions to Mineralogy and Petrology ,177:87.リンク
  • Otgonbayar Dandar, Atsushi Okamoto, Masaoki Uno, Noriyoshi Tsuchiya, Mantle hydration initiated by Ca metasomatism in a subduction zone: An example from the Chandman meta-peridotite, western Mongolia
    Author links open overlay panel, 2023, Lithos 452-453, 107212.
  • 田中修平、岡本敦、吉田一貴、丹羽尉博、木村正雄、宇野正起、藤井昌和, The relative rate of hydrogen production between olivine-H2O and olivine-orthopyroxene-H2O systems, 日本地球惑星科学連合(JpGU)2022, Chiba 千葉, 2022/05/22-27 
  • Otgonbayar Dandar, Atsushi Okamoto, Masaoki Uno, Noriyoshi Tsuchiya, Multi-stage Metasomatism of Peridotite in Mantle Wedge (Alag Khadny Accretionary Wedge, Western Mongolia), 日本地球惑星科学連合(JpGU)2022, Chiba 千葉, 2022/05/22-06/03 
  • Bayarbold Manzshir, Atsuchi Okamoto, Agroli Geri, Alexey Kotov, Dandar Otgonbayar, Masaoki Uno, Noriyoshi Tsuchiya, Chemistry of eclogite-facies fluids during continental subduction: evidence from the Khungui eclogite in Zavkhan Terrane, Western Mongolia, 日本地球惑星科学連合(JpGU)2022, Chiba 千葉, 2022/05/22-27 
  • 田中修平、岡本敦、吉田一貴、丹羽尉博、木村正雄、宇野正起、藤井昌和, 蛇紋岩化反応における鉄の分配と水素生成に対するシリカの影響, 日本鉱物科学会(JAMS)2022, Niigata 新潟, 2022/09/17-2022/09/19 

●亀裂や空隙形成を伴うマントルのCO2固定化のメカニズムの解明

H2OやCO2流体が流通すると、マントル岩石は膨張するか、収縮するか?元素はどのように溶脱・固定されるか?亀裂形成は起こるのか?このような問いに応えるために、反応による体積の時間変化を詳細にモニターしながら水熱条件下で反応ー透水実験を行う装置を新たに開発し、初期流体(pH,イオン、錯体)や反応させる岩石を変化させた系統的な実験を行い、マントル炭酸塩化のメカニズムに迫る(図4)。

図4 水熱実験装置の概略図
  • Okamoto, Atsushi, Oayangi, Ryosuke, Yoshida, Kazuki, Uno, Masaoki, Shimizu, Hiroyuki, Satishkumar, Madhusoodhan., Rupture of wet mantle wedge by self-promoting carbonation, 2021, Communications Earth & Environment 2, 151. リンク
  • Hirauchi, Ken-ichi, Nagata, Y., Kataoka, K., Oyanagi, Ryosuke, Okamoto, Atsushi, Michibayashi, Katsuyoshi, Cataclastic and crystal-plastic deformation in shallow mantle-wedge serpentinite controlled by cyclic changes in pore fluid pressures, 2021, Earth and Planetary Science Letters 576, 117232.
  • Masaoki Uno, Kodai Koyanagawa, Hisamu Kasahara, Atsushi Okamoto, Noriyoshi Tsuchiya, Volatile-consuming reactions fracture rocks and self-accelerate fluid flow in the lithosphere, 2022, Proceedings of the National Academy of Sciences 119, e2110776118. リンク
  • Masaoki Uno, Tetsuo Kawakami, Tatsuro Adachi, Fumiko Higashino, and Noriyoshi Tsuchiya, Repeated stress state overturns during magmatic/hydrothermal fracturing in deep crust (Sør Rondane Mountains, East Antarctica), 日本地球惑星科学連合(JpGU)2022, Chiba 千葉, 2022/05/22-27 
  • 岡本敦、吉田一貴、大柳良介, 地殻―マントル物質境界における緑泥石化と空隙形成, 日本鉱物科学会(JAMS)2022, Niigata 新潟, 2022/9/17-19 
  • 五十嵐大輝、宇野正起、岡本敦, 蛇紋岩の炭酸塩化におけるブルーサイトの選択的反応による反応誘起破壊, 変成岩などシンポジウム (Metamorphic rock symposium) 2023, Tsukuba つくば, 2023/3/13-15

●CO2流体反応が断層のすべり挙動に与える影響の解明

沈み込み帯のマントルウェッジ条件を再現した反応ー変形実験を行う。まず、地殻ーマントル物質境界を設定して、 H2O-CO2流体を介した反応・物質移動・体積変化を静岩圧の実験で明らかにする。その上で、差応力をかけた変形実験を行い、プレート境界断層においてH2O-CO2流体が関与する反応がすべり挙動に与える影響を調べ、天然の産状とも比較しながらCO2流体反応がスロー地震の要因となり得るかを検討する。

  • 沖野峻也、岡本敦、喜多倖子、武藤潤, 沈み込み帯のCO2流体が引き起こす地殻-マントル境界のTalc生成に関する実験的制約, 変成岩などシンポジウム (Metamorphic rock symposium) 2023, Tsukuba つくば, 2023/3/13-15

●沈み込み帯に沿った溶液組成のモデリングに基づく統合

最新の溶液化学データに基づいて表層から深部まで流体組成を計算する。流体組成を軸として、室内実験と天然の観察を統合して、元素移動・固定と地震現象をも結びつけるCO2循環モデルを構築を目指す。

  • Satoshi Matsuno, Masaoki Uno, Atsushi Okamoto, Noriyoshi Tsuchiya, Machine-learning techniques for quantifying the protolith composition and mass transfer history of metabasalt, 2022, Scientific Reports 12, 1385. リンク
  • Astin Nurdiana, Atsushi Okamoto, Masaoki Uno, Noriyoshi Tsuchiya, Development of open transport of aqueous fluid from pegmatite revealed by trace elements in garnet, 2022, Geofluids, ID 8786250.リンク
  • Kazuki Yoshida, Ryosuke Oyanagi, Masao Kimura, Oliver Plümper, Mayuko Fukuyama, Atsushi Okamoto (2023) Geological records of transient fluid drainage into the shallow mantle wedge. Sci Adv 9:eade6674. https://doi.org/10.1126/sciadv.ade6674
  • Ryosuke Oyanagi, Masaoki Uno, Atsushi Okamoto (2023) Metasomatism at a metapelite-ultramafic rock contact at the subduction interface: Insights into mass transfer and fluid flow at the mantle wedge corner. Contributions to Mineralogy and Petrology, 178, article no. 27.https://doi.org/10.1007/s00410-023-02011-1
  • 岡本敦,西海悠介,ダンダル オトゴンバヤル,宇野正起, 水熱実験から見る海洋リソスフェアの岩石ー水相互作用におけるマグネシウムの重要性, 日本地球惑星科学連合(JpGU)2022, Virtual, 2022/05/22-27 
  • 大柳 良介, 宇野 正起, 岡本 敦 , スラブーマントル境界における交代作用と物質移動:四国中央部三波川帯富郷地域の蛇紋岩岩体からの知見 , 日本地質学会(GSJ)2022, Tokyo 東京,2022/09/4-6
  • 岡本敦、吉田一貴、大柳良介, マントルー地殻境界におけるマグネシウムとシリカの相対的移動度, 日本地質学会(GSJ)2022, Virtual, 2022/9/10-11 
  • 松野哲士,宇野正起,岡本敦, Elemental mobility during seafloor alteration of oceanic crust revealed by machine-learning approach, 日本地球惑星科学連合(JpGU)2022, Chiba 千葉, 2022/05/22-06/03 
  • 吉田 一貴、大柳 良介、木村 正雄、 Plümper Oliver、福山 繭子、岡本 敦, 沈み込み帯の流体で形成されたアンチゴライト脈に記録された過渡的な流体移動, 日本地質学会(GSJ)2022, Tokyo 東京, 2022/09/04-09/11 
  • 岡本敦,藤原秀平、吉田一貴、宇野正起、石井友弘、木村正雄, 長石の変質による 3次元空隙構造の特徴抽出, 変成岩などシンポジウム (Metamorphic rock symposium) 2023, Tsukuba つくば, 2023/3/13-15
  • 宇野正起,岡本敦,土屋範芳,赤塚貴史, 葛根田地熱地域の接触変成温度履歴と熱モデリング:地殻浅部マグマー熱水系の熱輸送メカニズム, 変成岩などシンポジウム (Metamorphic rock symposium) 2023, Tsukuba つくば, 2023/3/13-15
  • Otgonbayar Dandar, Atsushi Okamoto, Masaoki Uno, Noriyoshi Tsuchiya, Plagioclase replacement by Epidote during hydrothermal alteration of gabbro from the Khantaishir ophiolite, western Mongolia, 日本地球惑星科学連合(JpGU), Chiba 千葉, 2023/5/21-26

●波及効果:天然の仕組みに学ぶCO2地中固定技術への展開

天然でのマントル中のCO2の鉱物への固定化の仕組み、特に亀裂・空隙形成メカニズムを理解することで、流体組成をコントロールして持続的なCO2流体の供給と固定化反応を制御する、効果的なCO2地中固定技術へと展開したい。